任意

任意と言えば思い出すのが、高1のときの倫理の先生が言っていた

 

「この提出物を出すのは任意だからね。つまりみんな出すってことだからね。」

 

って言葉。

そのあと数学的に任意ってことは全部ってこととかなんとか言ってて何人かへーそうなんだと騙されていたような気がする。

 

さて数学的な話をすれば「任意」という言葉は「すべての」と言い換えることができる。高校数学だと後者で書かれてたりすることもあるかと思う。

ここで、じゃあ任意なんだからすべての生徒が出すんだ!と思った人はきっと幸せな人生を送っていることだろう。これからも楽しんでください。

 

 

問題は「任意」がどこにかかっているかである。

今回の場合は、正しくは「生徒が取る選択」である。基本的に生徒は提出物を出す、出さないという選択肢を持っている。まあ出さないと大抵怒られるけど。

選択肢という全体集合の中には、「提出物を出す」「提出物を出さない」という2つの元があり、それ以外は無い。つまり任意ということはこのどちらの元を選んでも問題ないということであり、もちろん提出物を出さない選択を取ることもできるわけだ。それがこの先生の中では全体集合が全生徒に置き換わっており、任意がその集合内の元にかかっているせいで、「みんな出すってことだからね。」になるわけである。

 

 

つまり

 

 

 ∀x∈選択 課題(x)=OK

(課題(x)とはその課題に対して先に取ったxの選択をするとどうなるか、という写像と定義される。ちなみに提出しないとダメなものであれば、x=出さない 課題(x)=NOとなる。)

 

                                   ↓

 

∀x∈全生徒 提出物(x)=出す

(提出物(x)とはその提出物に対して先に取ったxは提出物を出す必要があるのかないのか、という値を返す写像と定義される。)

          

 

うーん、分かりにくい。そもそも元の取ってくる場所が違うってこと(かな?)

 

まあ、数学用語使って人を騙すのはやめましょう。

 

なんか書こう

お久しぶりです。

 

タイトルの通りなんか書こうと思ってほんとに久々に開きました。

 

前回書いたのがみさみさの卒業のことで、書き出しが、最後に開いてから半年が経ち…みたいな感じだったんですけど、今度は一年が経ちました。

 

この前たまたま乃木中を観て、懐かしいなぁって思ったんですけど、やっぱりアイドルって良いんですよね、ええ。まああまり積極的にオタ活とかはしないですけど。

 

 

さてさてそんなことは置いておき、近況報告でも(と言ってもこれ読む人って近況知ってるよね、僕ツイ廃だし)。

 

 

まずは大学3年生になり、折り返し地点を過ぎました、留年しなければ。

 

まだ演劇も続けてて今年もサークルの方の劇団と高校同期で立ち上げた劇団と2つの場所で活動していくんですが、こんなご時世ですから例年通りにはいかなくて。

 

そうですね、なんとなくそんな話をしましょう。

 

 

今年度はとても演劇にとっては厳しい年ですよね。もちろん、演劇だけがってわけじゃないですよ?似たようなもので言えば、野球とかライブとかそういったお客さんが集まるようなものとかは「密」なので今まで通りやっていくってのは難しい。とはいえプロ野球も開幕したし、ライブも声出したりしないでおこなっているなんてニュースも聴いたりして(それはどうなのかなとか思うんですけど)、少しずつ日常が戻ってきている実感があります。これを書いてる今だって友達はリモートではない飲み会をしてるし。

 

 

 

 

まだギリギリ飲み会ダメじゃないかな…??

 

 

さて、演劇に話を戻していきたいんですけど、やっぱり演劇はリモートって形は取りづらいっていうのは、一度でも携わったことのある人なら分かるかなって思うんです。

 

最近では「リモート演劇」みたいなものが出てきていますが、もちろんそれは演劇の1つの形ではあるとは思いますが、やはり僕らがやりたいものってそうじゃない。

 

舞台に立って演じる。これがやっぱり一番ですよ。間違いない。

 

ただ今年度は難しいところがあるんだろうなとも思ってて。だってソーシャルディスタンスで客席が減らされるだけならいいですが、役者が全員マスクして、役者同士が距離開けて演技してるってちょっとうーん?って感じじゃないですか。

 

そう考えるとやはり今年度活動していくのは難しいのかなって思うんですよね。ただ、年明けからは普通にできるよ、みたいな展開は期待してるんですけどね(じゃないとマジでキツい)。

 

 

とりあえず大声出せる環境が欲しいです。大声出したいですね。

 

 

 

 

 

 

 

 

ああ、お察しの通り書くの飽きてきちゃったのでまた今度お会いしましょう。

独り言

最後にこのブログを開いたときからもう半年が過ぎました。

 

みさみさが卒業したの思い出してしまったよ…泣いてしまう。ええ、まだ別に立ち直ってはないです。思い出さないようにしてるだけなんで。

 

 

半年もの時間が流れるといろんなことを考えたわけで、いつかブログでもなんでも言語化して書かなくてはいけないと思い、ふとこれを開いたわけです。

 

 

自分で言うのもどうかと思いますが、とても精力的に演劇活動をしており、短編の脚本を4本、そこそこの長さのを1本書いたんです。半年で。凄いでしょ。

 

まあ自慢するだけして恥ずかしいので見せないんですけど。

 

 

 

いや、恥ずかしい、というのが1番の理由ではないんです。

 

 

 

やっぱり、まだ自分の書いたものにどこか納得をしていないということがあって。まあ世に出すものとして胸を張っていないのはそれはそれで問題ですけども。

 

 

僕が今書いているものってきっと僕の目標とする人のものと比べたら塵なんです。塵なんて、積もれば山になると思ったら大間違いで、そりゃ物理的にはそうかもしれませんが、多くのこと、特に努力に関係するものは山になる前に吹き飛んでしまうことが多々です。

 

 

語彙力だったり、人生経験だったり、同じことを体験しても吸収できるものの違いだったり。日々の生き方が脚本には表れます。僕はその全てにおいて劣ってる。いや、ほんとに。そんな人間がいくら書いたってそれは塵のままなんです。

 

 

ああ、別に泣き言吐くためにこれを開いたわけじゃないです。

 

 

僕は足りないものを自覚しながら常に書いてます。きっとここはもっといい表現があるはずだ、そう思いながらも僕はそれに解を示すことは出来ず、とりあえず書き進めようと書いていました。

 

 

出来たのはさほど面白くのないもの。ただ漠然と「違う」という想いだけが残りました。

 

 

僕が書きたいのはこういうものじゃない。書く度にそれに囚われ、パソコンを地面に叩きつけてしまいたい、そんな気持ちに襲われました。まあでも13万もしたんで、絶対しないんですけど。あーでもこれが2千円くらいなら…物に当たるのは良くない良くない。

 

 

 

結局僕が産みだした塵は塵のままで役目を終えるのでしょうが、僕は書きます。なんだかんだ書いてる間は楽しいですから。まあパソコン開くまでが物凄く長いんですけどね。ほんと1ヶ月とか、そんくらいかかります。Windowsはよく更新するから。

 

 

僕の書いた塵が誰か他人の手によって僕以外の新たな解釈を手に入れたのなら、それは塵だけではなく1つの作品として成立していて(いや、そう信じたいだけなんですけど)、それだけで十分ありがたいのにそれを演じる人がいて、きちんと劇として提示できる、塵にとってそれ以上の幸せって存在しないですよね。

 

 

なんか「塵」が僕の書いた脚本のタイトルみたいな錯覚をした。

 

 

さて、劇とする前にまた問題がありますね。そう、演出です。僕はそもそも演出の人間ではないので、演出の真似事をするのはとても醜いことであると自覚しながら演出もどきをしています。いや、ほんとに無理だって。

 

 

さっき述べたとおり塵は他者の解釈を手に入れることで作品へと進化を遂げるわけで、それが劇となる場合は、演出は勿論、演者達にそれぞれ解釈が存在してて、それが必ずしも一致してるとは限らない。しかし、そのときほど演出する人間は試されている、と僕は考えてて。突飛な解釈でない限り、見に来ていただいたお客様の中にも同様にそういうことを考える方がいらっしゃると言えるのではないか。果たして自分が従来持っていた解釈と他人から提示された解釈のどちらがよりその台本で伝えたいことに深みを与えてくれるのか、演出とは常にそれを念頭においていなければならないと思うんです。別に自分の解釈が100%真理とは限らない。そうすることはより多くのお客様を楽しませることに対する努力の1つだと考えてます。

 

 

現代文に出題された問題をその文章の作者が解いたら満点取れない、ということを稀に耳にしますが、解釈は人によって違うということを表わす良い例でしょう。

 

 

これだけ偉そうに語っておきながら自分は全く達成できている気はしません。まあそもそも僕は演出に向く人間ではないですし。

 

 

正直な話、僕は自分を表現するのはあまり得意ではないんです。どちらかという他人の表現を見てる聞いてる人間です。そんな人間が演劇やってる、ちょっと不思議。ただやってる以上は面白いものを作りたいってだけです。

 

 

解釈違いでもうひとつ。

 

劇は間違いなく他人の前でやることで完成されます。でも、他人の前で出来なかったからってそれがなんの糧にもならないってのは少し寂しい。糧になるって信じたいってだけでもあるんですけど。

 

 

今、部員の前ででも披露できれば万々歳だっていう程度に自主練としてやっていたものがあって。1年間ぶりに役者をやったときに、自分は他人にはこうした方がいいという言葉を出せているのに、それは自分に対してもあるのに、でもいざそれを体現出来ない自分にショックを覚えたんです。高校の僕を見ていた方にはまあまあ進歩したって思うかもですけど。だから冬や春にやる公演では役者をやれるかはわからないですけど、もしやるとなったら今のままやるのではなく少しでもレベルを上げる努力はしておきたいって思って、自主練ということで1本台本を練習してます。

 

 

 

そしてそれはきっとこれからの僕達、そして次の代に何かしら残せてればという想いでやっていて。

 

 

ちゃんと今度の公演には迷惑かけない形でやってたんですけどね。

 

 

どうも僕の考えは裏目に出てしまうようです。

 

 

まあ好かれてないってのもあるでしょうけど。

 

 

なんだかんだ最後までやるかなとか思ってはいたんですけど、やっぱりダメみたいです。

 

 

お疲れ様。

 

ありがとう

本日は私が中学三年生の頃から推している衛藤美彩の卒業ソロコンサートに参戦してきた。

 

 

まずはアイドルのライブ自体行ったこともなく申し込みの段階からどうしたものかと悩んでいた私に一緒に行こうぜと申し込んでくれて、さらにみさ先輩の姿がモニターが要らないくらい近くで見られるアリーナ席まで当ててくれた友人に感謝しよう。

 

 

いやほんとに私単体だったらまず当たらないだろうし、当たってもステージの裏側とかだったところをまさかあんな良い席で見れたのはほんとに嬉しい限りであり、真面目にありがとう。

 

 

 

 

 

さあ、先述の通り私はライブに行ったことがない。高校のときも金欠学生だった為に行ったことはなかったし、大学生になっても受験期にアイドルを推すということから少し離れてしまっていたせいで、中々ライブに行こうという気にならなかった。

 

 

しかし、自分が一応ずっと推していたアイドルが卒業するとなったら話は別だ。何がなんでも行くしかない。いやほんとによく当ててくれたよ、友人よ。

 

 

 

まあそれはそうと、ライブ前日の私はある事で頭を悩ませていた。

 

 

 

 

あれ?コールわかんなくね?サイリウムどうしたらいいの?

 

 

 

まあいいかで乗り込んだ卒業コンサート

 

 

 

まず最初のovertureで周りの熱気の凄さに圧倒され、全身に鳥肌が立った。

他のグループのライブ観に行ったことがないからわからないが、乃木坂のやつはほんとに盛り上がるね。

 

 

次のおいでシャンプー。ここが1番難所だった。まずサイリウムの振り方が踊りを元にしているというかちょっと変わった振り方をしており、私はこのサイリウムの振り方をなんとか周りと合わせようと必死だった。

 

いやーでもおいでシャンプーって初期の乃木坂のほのぼの感があっていいよねー好き。

 

 

「超絶可愛いみささん」というコールもそこに入るんですね、勉強になりますわって感じだったし、素人丸出しでしたね。はは…

 

 

 

意外BREAKからの黒の衣装はかっこよかったですね。やっぱみさ先輩って勿論可愛いんですけど、大人の色気がありそれは今回の衣装のようなかっこよさへと繋がっているのでしょうね。

 

 

 

ひと夏の長さからの赤のドレスも良かったですね〜。これぞみさ先輩というかもう美しい、ありがとうって感じです。

 

 

 

語彙力復活してないな。

 

 

 

いつも通りか。

 

 

 

 

雲になればいいでいくちゃんとキャプテンが出てきたのは熱かった。ここ1年まともに乃木中とか見てなかったから、キャプテンを見たのがほんとに1年ぶりくらいな気がする。

 

 

 

オタクから離れてた2年でだいぶ私は取り残されてしまったのだなって思ったりした。

 

 

僕がまあまあちゃんとオタクしてたのは16枚目の「サヨナラの意味」くらいまでで、それからもう6枚も僕があまり把握していない曲が出ているわけで、時の流れを感じるね。いや、ちゃんと推しの動向くらいは把握しとけって話なんですけど。

 

 

 

やばい、なんか涙出てきたわ。

 

 

 

 

乃木坂メンバーが出てきての悲しみの忘れ方とか、みさ先輩とメンバー一人一人のハグ時間があったわけだが、ほんとにこれで卒業してしまうんだなって。

 

 

 

なんとなく大人っぽくて綺麗だなーって推し始めて、握手会に行って、選抜入る度にキターって喜んで。

 

 

 

なんかもうそれもできないと思うともっと握手しとけばなーとかライブ行っとけばなーって。

 

 

 

でも私の青春の中に衛藤美彩というアイドルがいたということはほんとうに良かった。

 

 

 

 

今までほんとにありがとう。そしてお疲れ様。

 

 

 

あー涙止まんね。

 

 

ポスター買ったので、貼った。

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大学

最近、大学に行っているんです。

 

 

入学式もしてないのになんで学校行くんだもう少し寝かせろと思いつつ学校にいきます。

 

 

そういえば、学科内での顔合わせ的なのがありました。僕が通うのは数学科なんです。あっ、今こいつマジかよみたいな顔しましたね?正解です。

 

 

 

まあさておき数学科凄いですね。

 

 

日常会話に数学語が出るんです。高校じゃ考えられませんね、って思ってたけど少しはあったわ。でも度合いが違うからやっぱり数学科凄い。

 

 

例えば、進級する上でこの教科計26単位から16単位を取得することが必要です、っていう説明があったとき、

 

 

26単位全部取れば進級できますから。26単位中26単位取れば進級できる、この命題は真ですね。

 

他にも学科内でいくつかのグループに別れたときに僕の所属するグループに女子がいなかったんですけど、そのときも

 

 

グループ分けしたとき女子がいない確率求めたくね?余事象とか使えば楽だよな。

 

 

 

とてもくだらないですが、こういうところから数学語が使われているあたり僕と同じ仲間たちが来ているな、なんて勝手に同族意識を持ってしまいます。

 

 

どうも数学にイキってる気がしますね。

 

 

イキるのは良くないですね反省します。

 

 

 

それはそうと授業はバカ難しいと聞きました。1.2年でやってることを3.4年になって理解するのが普通だと。高校のおかげで訳の分からん授業を展開されるのは多少の耐性がありますが、用心してかかろうと思います。

 

 

早く授業やれよ。(始まるのは来週から)

 

 

それでは

趣味②

三日坊主になりかけました。

 

 

 

さてと趣味の話してたんだよね。

 

 

 

僕は遊戯王をかれこれ12年やってるわけなんですけど、なぜそこまで続けていられるのか、みたいなところで終わってたかと。

 

 

 

 

理由は単純で楽しいから、だと思うんです。

 

 

楽しくないことは続きませんから。

 

 

ゲームって大抵は勝負がつきまとうもので、負けが続くと楽しくないじゃないですか。それで大抵やめちゃうんですよね。根性がないです。まあ遊びですから。

 

 

遊戯王も負けが続いてたときは確かに楽しくないんです。

 

 

 

俺は飢えている…

 

 

勝利に!!

 

 

お前の懐にある勝利を奪い取ってでも俺は勝ちたい!!

 

 

っていうふうにはならないんです。

楽しければいいやっていう。

 

で、その楽しさはどこから来ているのか。それは対人でやる、ってことにあるんです。

 

 

 

やっぱ根底にあるのは人と接していることに楽しみ覚えている、ということなんでしょう。

 

 

 

さて、大学でも勿論続けますし、あわよくば自分の子供になんか教えられたらなんて思ってます。

 

 

という感じでブログのフォーミングアップ的なの終えますかね。

 

 

それではまた。

 

趣味①

ブログ、はじめました。

 

 

実はこれを書く前に1つ書いてたんですけどいろいろあってなんか違うなと思い、消しました。

 

 

それで文章が書けるくらいの思考力が戻ってきたので書きました。ほんと昨日までは風邪のせいでずーっとぼーっとしてただけなんです。風邪が治りかけてるからでしょうか。

 

 

 

さてさて、ブログを始めるにあたり書きたいことを書こうと思い、そういえばもう18歳なのかとここらでなにか振り返ってもいいかな、なんて考えたので趣味でも話そうかと思ったのです。

 

 

 

僕はとても飽きっぽい性格なんですけど、このおかげで趣味とか全然長続きしないんですよ。

 

 

努力するってことが身についてないんですね。

 

 

例えば、軽音部には憧れなんかを抱いていましたし、僕もあの舞台に立ってみたいなんて気持ちは確かにあったんです。きっと3年間しっかり頑張ってたら最後のライブくらい企画バンドとして立てたかもしれないんですよね。(まあだとしても人前に出るのは好きじゃないのでありませんが)

 

 

それゆえ僕はずっと傍観者でいたのでしょう。努力するものしないものの境界があの舞台と観客席(?)との間にある柵だったのかなぁなんて思うんです。

 

 

 

話がそれました。戻しましょう。

 

 

 

僕は努力することができない人間なので今更ながら大学生になったから努力できる人間になるぞ!なんてことは言いません。責任は取れませんから。

 

 

 

じゃあなんでお前、「趣味」ってタイトルで書こうとしたんだ?ってなりますよね。

 

 

 

これでも僕は1つだけ長い間続けているものがあるんです。

 

 

 

それは遊戯王っていうカードゲームなんですけど、かれこれもう12年やってるんです。未だにPSPや対人でするくらい没頭してるくらいなんですけど、一体他のものと何が違うんでしょうか。

 

 

 

 

ゲームだからか?だとしたら他のゲームもやりこみそうだが、同じカードゲームであるデュエル・マスターズは1年ほどで辞めてしまったし、モンハンとかポケモンもたまに遊ぶが2週間持たずにやめてしまう。

 

 

な~にが違うんでしょうかね~

 

 

続きはまた今度にしよっと